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【ジョーカー】「僕の人生は喜劇だ」――どん底の孤独が生んだ“究極のジョーク”。ラストシーンが突きつける、現代社会の恐るべき真実

とんこつ

こんにちは!エンタメ大好きブロガーの「とんこつ」です。

皆さんは、映画館を出た後に「しばらく現実に戻れなかった…」という経験はありますか?

私はまさにこの映画を観た後、しばらく劇場近くのカフェで放心状態になってしまいました。

私たちが10代だった2000年代初頭、映画『ダークナイト』でヒース・レジャーが演じた圧倒的な悪のカリスマ「ジョーカー」に衝撃を受けた人も多いはず。

でも、今回ご紹介する作品は、あの最強の悪役が“生まれる前”の、あまりにも切なく、そして狂気に満ちた前日譚です。

今回は、第76回ヴェネツィア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞し、世界中で社会現象を巻き起こした傑作サスペンス『ジョーカー』を、事実と私見を交えながら徹底的にレビュー&考察していきます!

個人的な評価

  • 精神的ド直球度:★★★★★
  • ホアキン・フェニックスの怪演度:★★★★★
  • 社会のディストピア感:★★★★☆
  • 鑑賞後の余韻・脳内ループ度:★★★★★

1. 映画『ジョーカー』の基本情報とあらすじ

まずは本作の基本的な情報から整理していきましょう。

基本情報

項目詳細
公開年2019年(日本公開:2019年10月4日)
監督トッド・フィリップス
脚本トッド・フィリップス、スコット・シルヴァー
主演ホアキン・フェニックス(アーサー・フレック役)
主な共演者ロバート・デ・ニーロ、ザジー・ビーツ、フランセス・コンロイ
上映時間122分
映倫区分R15+指定

あらすじ

舞台は1981年、財政破綻寸前でゴミと犯罪が溢れる大都市ゴッサム・シティ。

「どんな時も笑顔で人々を楽しませなさい」という母ペニーの言葉を胸に、心優しい男アーサー・フレックはピエロの大道芸人として働きながら、スタンドアップコメディアンになる夢を追っていた。

彼は緊張すると自分の意志とは関係なく突然笑い出してしまうという特異な精神疾患を抱え、福祉のカウンセリングを受けながら大量の薬を服用する日々を送っている。

同じアパートに住むシングルマザーのソフィーに密かな好意を抱きながら、アーサーは「笑いのある人生は素晴らしい」と信じてどん底の生活から抜け出そうとするが、冷酷な社会は彼を容赦なく踏みつけにしていく。

2. 本編ストーリー

物語は、アーサーが街頭で看板を持ってピエロの仕事を終えるところから始まります。

彼は不良少年のグループにからまれ、路地裏で看板を奪われた上に無抵抗な状態で激しい暴行を受けてしまいます。

体も心も傷だらけのアーサーですが、会社からは「看板を盗んだんだろう」と疑われ、弁償を求められるという理不尽な現実に直面します。

そんな彼を見かねた同僚のランドルから、身守り用にと一丁の拳銃(38口径のリボルバー)を手渡されたことで、アーサーの運命の歯車が狂い始めます。

ある日、アーサーは小児科病棟での慰問の仕事中、ダンスの最中にポケットからその銃を床に落としてしまいます。

これが原因で彼は会社を解雇されてしまうのです。

絶望の中、ピエロのメイクをしたまま地下鉄に乗ったアーサーは、車内で証券会社に勤めるエリートサラリーマン3人組が若い女性をからかっている現場に遭遇します。

緊張から突然笑い出してしまったアーサーは、男たちのターゲットにされ、激しい暴行を受けます。

床に倒れ込み、蹴られ続けたその時、アーサーは懐の銃を引き抜き、男たちに向けて引き金を引きました。

3人のエリートを射殺したアーサー。しかし、その時彼を襲ったのは恐怖ではなく、これまでにない奇妙な解放感でした。

街では「ピエロの格好をした謎の男が、横暴な富裕層を仕留めた」として、格差社会に不満を募らせる市民の間で一種のヒーローとして祭り上げられ始めます。

一方、アーサー自身の私生活でも、憧れのコメディアンであるマレー・フランクリンのテレビ番組に、過去の自分の滑ったステージ動画が取り上げられるという出来事が起こるのですが……。

3. 【ネタバレ注意】『ジョーカー』の見どころ・感想

ここからは結末までの展開に触れるため、ネタバレ注意です!

衝撃の結末:彼が手に入れた「最高の舞台」

アーサーは、自身の出生の秘密(母ペニーがかつて大富豪トーマス・ウェインの家で働いていたこと、自分が養子であり、幼少期に母の恋人から激しい虐待を受けていた事実)を知り、完全に崩壊します。

狂気は加速し、病室で母を枕で窒息死させ、自宅を訪ねてきた元同僚のランドルを惨殺。

そして、憧れであり、自分をテレビで嘲笑した司会者マレーの生放送番組『マレー・フランクリン・ショー』に、ピエロのメイクを施し「ジョーカー」と名乗って出演します。

生放送の最中、アーサーは地下鉄のサラリーマンを殺したのは自分だと告白。

社会の冷酷さを世間に訴えた後、突然銃を取り出し、マレーの頭を撃ち抜いて殺害します。

テレビ局を飛び出した彼は逮捕されますが、街ではジョーカーに触発された暴徒たちがパトカーに衝突。

救出されたジョーカーは、炎上するゴッサム・シティの真ん中で、自身の血で口元に不気味な笑顔を描き、狂喜する群衆のカリスマとして君臨するのです。

ラストシーンは精神病院(アーカム州立病院)。

カウンセラーの女性と面談しているアーサーは、ジョークを思いついたと言って笑います。

「どんなジョーク?」と聞く彼女に「理解できないさ」と一言。

次の瞬間、足元に血の足跡をつけながら、病院の廊下をコミカルに逃げ回るアーサーの姿で映画は幕を閉じます。

私の見どころ&感想①:ホアキン・フェニックスの肉体美と「笑い」の悲痛さ

本作の最大の推進力は、何と言ってもホアキン・フェニックスの圧倒的な演技です。

役作りのために24キロも減量したという彼の身体は、肋骨が浮き出ていて、まるでそれ自体が悲鳴を上げているかのよう。

特に印象的なのが、彼の「笑い」の表現です。

脳の損傷による発作としての笑いは、ちっとも楽しそうではなく、むしろ「窒息しそうで苦しい、誰か止めてくれ」と言わんばかりに胸をかきむしるような悲痛さに満ちています。

泣いているのに笑わざるを得ないという、この世で最も残酷な矛盾を表現したホアキンの演技には、観ていて胸が締め付けられました。

私の見どころ&感想②:ハングオーバーの監督が描く、70〜80年代アメリカン・ニューシネマへのオマージュ

トッド・フィリップス監督といえば、個人的には映画『ハングオーバー!』シリーズのようなコメディの印象が強かったのですが、本作ではその手腕が完全にシリアスかつ芸術的な方向へ爆発しています。

本作は明らかに、ロバート・デ・ニーロが主演したマーティン・スコセッシ監督の傑作『タクシードライバー』(1976年)や『キング・オブ・コメディ』(1982年)へのオマージュで溢れています。

かつて『キング・オブ・コメディ』で狂気的なコメディアン志望の若者を演じたデ・ニーロが、本作では逆に「若者をあしらう大物司会者」のポジションにいるという配役の妙!この映画史的なリンクを知っていると、マレーとアーサーの対峙シーンの緊張感が何倍にも膨れ上がります。

4. ラストの結末を徹底考察!あのシーンが意味すること

関連インタビューやレビューを網羅した上で、私が辿り着いたいくつかの重要な考察ポイントを共有します。

考察1:ソフィーとの関係から紐解く「どこまでが現実だったのか?」

劇中、同じアパートに住むソフィー(ザジー・ビーツ)との甘い恋愛模様が描かれます。

アーサーの初ステージを見守り、母が倒れた時も病院で寄り添ってくれた彼女。

しかし物語の終盤、アーサーが彼女の部屋に無断で侵入した際、ソフィーは怯えきった表情で「部屋を間違えているわ、お願いだから出ていって。娘がいるの」と言い放ちます。

ここで観客は、これまでのソフィーとのエピソードがすべてアーサーの脳内妄想だったという冷酷な事実に気付かされます。

この演出を踏まえると、ラストの精神病院のシーンも含め、「この映画の中で、どこからどこまでが現実で、どこからがアーサーの都合の良い妄想(ジョーク)だったのか」というゲシュタルト崩壊が起こります。

もしかしたら、地下鉄の殺人も、テレビショーでの惨劇も、すべてはアーサーという一人の精神病患者が独房の中で夢見た「妄想の悲劇」だったのかもしれません。

考察2:バットマン(ブルース・ウェイン)誕生との因果関係

劇中、アーサーの暴動に触発されたピエロのマスクを被った男によって、路地裏でトーマス・ウェインとその妻が射殺されます。

残されたのは、幼い息子のブルース・ウェイン。

DCコミックスの歴史上、バットマンは「両親を犯罪者に殺された少年」の復讐心から生まれます。

つまり、この映画の構造において、「ジョーカー(アーサー)が間接的にバットマンを生み出した」ということになります。

社会から無視され、存在を否定され続けたアーサーが、ゴッサム・シティという街の悪の象徴になることで、同時にその街の光(あるいは影)であるバットマンをも誕生させてしまう。この因果応報の美しさと恐ろしさは、単なるアメコミ映画の枠を超えた見事な脚本の勝利だと言えます。

考察3:なぜアーサーは最後に「真の笑顔」になれたのか?

映画の冒頭、アーサーは鏡の前で自分の指を使って無理やり口角を上げ、涙を流しながら笑顔を作っていました。あの時の笑顔は「作られた苦痛の象徴」でした。

しかし、マレーを殺害し、パトカーのボンネットの上で群衆に囲まれながら血で口元を赤く染めたとき、彼は生まれて初めて「自分の意志で、心からの笑顔」を浮かべます。

社会のルールに従い、善人であろうとした時は誰からも愛されず、苦しみの笑いしか出なかった彼が、ルールを完全に破壊し悪に手を染めた瞬間、初めて世界の中心に立ち、本当の幸福(狂気)を感じた。

この「悪に堕ちることでしか救われなかった男」の悲劇こそが、本作が観客の倫理観を激しく揺さぶる最大の理由です。

5. まとめ:『ジョーカー』はこんな人におすすめ!

映画『ジョーカー』は、単なるヴィラン(悪役)の娯楽映画ではありません。

私たちが生きる現代社会の格差、自己責任論、そして「弱者への無関心」が、巡り巡って怪物(ジョーカー)を生み出してしまうかもしれないという、強烈な社会的メッセージを孕んだ一級のサスペンス映画です。

  • 人間の心の闇や、深い心理描写をじっくり味わいたい人
  • 『タクシードライバー』のような70年代アメリカ映画のジリジリした雰囲気が好きな人
  • ホアキン・フェニックスの、歴史に宿るレベルの神がかった演技を観たい人
  • 単なる勧善懲悪ではなく、善と悪の境界線が揺らぐ映画を求めている人

観終わった後、きっと誰かと「あのシーンはどういう意味だと思う?」と語り合いたくなること間違いなしの作品です。

まだ観ていない方は、ぜひ心の準備をして、彼の「狂気のステージ」を特等席で目撃してください。

それでは、また次回のエンタメ考察でお会いしましょう!とんこつでした!

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